HPVワクチン失われた10年に何が起こっていたのか

2024年6月23日13時半〜15時、富山市のよしもとレディースクリニックアネックスホール2Fにて、NPO法人女性医療ネットワークとウィメンズアクションとやまの共催で、ハイブリッドイベント「HPVワクチン〜失われた10年に何が起こっていたのか〜」が開催されました。司会は医療ライターで女性医療ネットワーク理事でもある増田美加さんにより行われ、現地参加30名、オンライン参加286名の盛況となりました。
動画はこちらからご視聴いただけます。https://www.youtube.com/watch?v=GU_xlmY_jZs

子宮頸がんとHPVワクチン

まず、富山県会議員であり、女性クリニックWe!TOYAMAの産婦人科医師で、女性医療ネットワークの創設メンバーでもある種部恭子先生より「子宮頸がんとHPVワクチン」についてお話がありました。

子宮頸がんは治療対象となる女性が若年であったり妊娠中であったりすることから、治療にあたる産婦人科医師はその予防への思いが強いとのことです。子宮頸がんは検診で、自覚症状がない早期に見つけることができ、その場合、子宮を残す円錐切除術で治療ができることもあります。しかし、円錐切除は不妊のリスクを22倍、早産や低出生体重のリスクを2.5倍にする処置です。
そこで、検診+円錐切除ではない子宮頸がんの予防方法として、HPVワクチンには大きな期待を寄せることになりました。HPVワクチンには2価、4価、9価の3種類があります。進行が早いHPV16と18を予防するのが2価と4価。加えて、更に多くのがんの原因となるHPV型を予防するのが9価です。特にワクチンの役割が大きいのが腺癌の予防です。子宮頸がんには腺癌と扁平上皮癌があり、腺癌は検診で見つかりにくく、早期発見が難しい上に転移も多く治療抵抗性という特徴があります。以前は扁平上皮癌が95%と言われていましたが、近年腺癌の割合が2割以上に増えてきました。ここで、腺癌の9割はHPV16と18によるものであることから、ワクチンの有効性が期待されています。さらに、扁平上皮癌においても、9価のワクチンを接種することで、その9割近くが予防できる可能性があるのではないかと期待されています。

HPVワクチンの副反応報道

待望のHPVワクチンが定期接種となる頃、接種後に重篤かつ多様な症状を訴える人たちの存在が明らかになり、国はそれが副作用かどうかを確認できるまで一時的に接種の勧奨を中止することにしました。接種後に多様な症状が起こる割合は、2015年の段階で、2万人に1人の割合でしたが、その後の調査で、HPVワクチンを打った人も打たなかった人も、同様の割合で同様の症状が起こる人がいることがわかりました。産婦人科医師たちの関心事は、この多様な症状をきたした人たちをがどうやったら治療できるのかという点です。その一つの道筋はを、WHOがまとめた。予防接種ストレス関連反応(ISRR)です。ISRRは接種にまつわる不安が契機となり生じる様々な症状で、急性反応と遅発反応がありますが、当時メディアで副反応として報じられていた人たちの一部には、この遅発性反応の一部が含まれていた可能性があり、どういった治療が有効なのかもまとめられています。

HPVワクチン接種にまつわる情報をどう扱うかが、少女たちの健康や命を左右する

ではどうやったらISRRを予防できるのでしょうか。WHOのガイドラインによると、ISRRに影響を与える要因は、予防接種に対する地域社会の理解水準及び価値だそうです。具体的には、予防接種に関する虚偽の噂や、理解をミスリードするSNS情報などがリスクに含まれます。ISRR以外でも、HPVワクチン接種後に有害事象が起こった際には、厚労省が構築した拠点病院とかかりつけ医とのネットワークで適時適切に治療が受けられる仕組みが作られています。実は、厚労省がHPVワクチンの積極的勧奨を中断していた8年間に、HPVワクチンの効果に関する様々なデータが公表されました。そのひとつが、HPVワクチンが子宮頸がん をどれだけ予防するか、というものです。10−16歳が4価のワクチンを接種すると88%、17−30歳の接種で53%もの子宮頸部浸潤癌が予防できるというのです。これを日本の現状に換算すると、日本のHPVワクチン対象者が接種しないことで、1日12人ずつ子宮頸がん が確定、1日3人委任ずつ死亡が確定する、ということになります。
最後に「HPVワクチンを打たないことを勧める情報を発信する皆様には、HPVワクチンを打たないことのリスクとともに、その発信そのもの報道がISRRの発症に影響を与えることについて、理解と責任を持ってほしいと思います」と訴えられました。

何が起こっていたのか〜医療では〜

次に、丸の内の森レディースクリニック院長で、女性医療ネットワークの理事でもある産婦人科医師の宋美玄先生から、「何が起こっていたのか〜医療では〜」と題してHPVのワクチンに関する医療と報道をめぐる騒動を時系列で振り返っていただきました。
HPVワクチンは2009年に承認され、2013年4月に定期接種になりましたが、同時期から有害事象の報道が相次ぎ、同年6月に積極的推奨が控えられて接種率はほぼゼロとなりました。この頃、HPVワクチンに関する報道はネガティブ一色でした。2015年ごろから有効性や副作用についての疑義についても報道されましたが、SNS上では、HPVワクチンに対するバッシングが強かったそうです。HPVが性交渉で感染することから、ウィルスをもらうのは自己責任である、とか、子宮頸がん になるのは検診を受けなかった自分のせいではないか、などの、子宮頸がんにかかった人を責めるようなバッシングもがありました。医療者も、HPVワクチンについて発信するとバッシングされる状況で、沈黙が続いてしまいました。2018年に、ワクチンを接種した人も接種していない人も同じ割合で様々な症状が生じるという内容の名古屋スタディが英文で発表され、この頃から世論がやや風向き代わったようです。 2020年に9価ワクチンが承認され、2020年ごろ一部自治体により定期接種に関する個別通知が再開されました。そして2021年11月に積極的勧奨が再開されることとなり、さらに2022年4月にキャッチアップ接種(積極的勧奨が中止されていた間に接種の機会を逃した方々への無料接種)が開始されています。

HPVワクチン接種後の有害事象をめぐる報道

2016年ごろ、HPVワクチンが危険との報道がピークになっていました。厚労省研究班で元信州大学学長の池田修一氏による、ワクチンが脳細胞に影響する可能性があるという研究結果もこのころ報道されました。あとからわかったことですが、これはたった一匹のマウスの予備的な実験結果であり、信憑性が高いとは言えないものだったのです。
2015年Wedgeという雑誌で、医師でありジャーナリストである村中璃子さんによる副反応報道に対する疑義を訴える記事がありました。実はこのあと、この記事の中で村中氏が池田氏の研究を「捏造」と表記したことが名誉毀損で訴えられ、敗訴しています。これは、名誉毀損に関する敗訴であり、池田氏の研究成果の正当性についてを示す争った裁判ではなかったにもかかわらず、ワクチンの危険性が裏付けされたように捉えた方もいたようです。これに続くように、読売新聞におられ後にバズフィードに移籍されたジャーナリストの岩永直子さんにより、副反応報道への疑義が数々発信されました。
先にお示しした名古屋スタディの研究結果の概要がはじめて名古屋市のHPで公表されたのは2015年です。しかしこの研究はがHPVワクチンの危険性を示そうという名古屋市長の意図で企画されたものであり、結果が予想と異なってHPVワクチンの安全性を示すものであったことから、3日でHP情報は削除され、以後3年間、内容の詳細は公表されませんでした。2020年ごろより勧奨中止による子宮頸がん 死亡の増加が報道されるようになり、現在は接種が再開されています。しかし親世代に、「怖いワクチン」というイメージが残ってしまっており、なかなか接種が進まない状況にあります。

何が起こっていたのか〜報道では 

次に、元読売新聞の記者で、その後バズフィードに所属し、今はフリーランスの記者として活動されている岩永直子さんに、当時の状況から現況までをお話いただきました。岩永さんはオンラインでご参加くださいました。

岩永さんが読売新聞をやめるきっかけとなったのが、HPVワクチンワクチンの安全性や特集を組んだことなのだそうです。
医療人類学者の磯野真穂さんによる後方視的調査によると、2013年3月頃の朝日新聞による副反応報道をきっかけにネガティブな報道が増えたのだそうです。それは、ワクチン接種後の有害事象を生じた方々が、涙ながらに副反応被害を訴える記者会見の報道でした。その後、メディアでは痙攣する女の子の動画がたくさん流れました。この頃は一部の医師が提唱していたHANS症候群というワクチンによる副反応被害を示す言葉とセットで数々の報道がなされていました。
岩永さんは、前述の村中璃子さんの記事や、感染症専門看護師の堀成美さんの講義などにより、HPVの有効性をきちんと報道しなければと考えられたそうです。そこで特集を企画しましたが、2016年時点でも多くの医師に取材を断られました。理由は、ワクチン被害団体からの抗議への恐れや、上司からの反対であったとのことです。それでも取材に答えた医師が複数名おり、2016年8月にヨミドクターで特集を開始しました。産婦人科医師、小児科医師などにより、HPVの安全性、有効性を示す記事が報道されました。
ところがこのあと、HPVワクチンに反対する方々、被害を訴える方々から新聞社へのクレームが殺到したそうです。医師の所属機関にもクレームが殺到し、記事の削除を求められるまでになりました。協議の末、読売新聞として小児感染症科の森内浩幸先生の記事を削除することになりました。新聞が記事を削除するというのはとても大きなことです。これを機に、岩永さんは処分をうけ、医療取材班から外されることになりました。これが、岩永さんが読売新聞を退社されたきっかけとなったそうとすです。退社後バズフィードに入社し、そこで削除された森内先生の記事を再度公表されました。削除しなければいけない理由は何一つなかったからです。岩永さんはその後バズフィードでHPVワクチンに関する記事をたくさん書いておられます。

メディアは失敗したのだから、HPVワクチンについて報道し続けなくてはいけない

当時メディアは有害事象と副反応を区別せずに、副反応や薬害という言葉を用いて報道し、あとから修正することはありませんしませんでした。しかし、当事者が求めているのは、その有害事象の治療や回復に向けた情報発信です。東京大学の奥原剛先生は、「読みよみやすくて感情に訴える、という点でHPVワクチン反対派に推進派は負けている」と指摘しました。それを踏まえ、現在岩永さんは、不安を理解して解消するためのコミュニケーションを心がけておられるそうです。
現在HPVワクチンは推進される方向にありますが、まだまだ男性の定期接種が足踏み状態にあります。「HPVワクチンについて、過去にメディアは失敗したのだから、取り返しのつかない被害を少しでも食い止めるために報道し続けなくてはならないと思います」と述べ、お話しを締めくくられました。

『メディア・バイアスの正体を明かす』 報道は、なぜこうも歪んでしまうのか?そこに潜むものは?

次に、ジャーナリストで元毎日新聞の小島正美さんからお話をいただきました。小島さんには『フェイクを見抜く 危険 情報の読み解き方』という著書があります。
小島さんによると、副反応報道がなされていたその時期、記者は別に煽ろうと思って書いていたわけではないとのことです。ただ当時、被害を訴える人がいると同時に弁護士や医者がもっともらしい理由をつけており、話題性が高かった。記事として書きやすかった、ということでした。日本産科婦人科学会やがんセンターの方々がすぐに反論してくれたら話は違ったかもしれないけれど、それはありませんでした。
小島さんからみて、当時の状況をひっくり返したのは、やはり村中璃子さん。池田氏の研究成果についての記者会見では、皆そのわかりやすい結果について聞くのみで、マウスの実験がどんなものだったのかの詳細を尋ねる記者はいませんでした。実際は予備的な試験で、その時点で報道するような内容ではなかったのに、多くの記者が結論だけ書いてしまいました。その後、報じた記者たちが「あれは間違いだった」と書いてくれたら良かったけれど、それはほぼありませんでした。そもそも、記者は自分が書いたものを修正するような自己検証の姿勢に欠けている点があるのかもしれない、とのことです。
小島さんは、村中璃子さんが2017年にジョン・マドックス賞を受賞したときにそのことを記事にしたいと考えていましたが、上司から止められたそうです。上司は市民団体からの抗議を恐れていました。当時の状況の一例として、産経新聞がHPVワクチンの効果に関する記事を書いた後、厚労省の記者クラブに、抗議文が貼って張ってあったということもありました。
しかし現在は風向きがかわっています。HPVワクチンが危ないと書いた記者本人が人事異動で今はいなくなっていて、当時の状況を知らない若いジャーナリストが、純粋に記事を書ける状況になっています。最後に、「いま皆さんにお伝えしたいことは、メディアが書いていることがおかしいと思ったらすぐに反論したほうがいいということです。」と訴えられました。

HPVワクチンの効果を示す番組を報道するにいたるまで

次に、現役のNHKディレクターである藤松翔太郎さんにお話を伺いました。NHK「おはよう日本」でHPVワクチンの効果を示す番組の報道を企画された方です。
藤松さんは2012年にNHKに入職され、震災や原発のテーマに始まり、癌をめぐる様々な事象の取材を開始されました。2020年6月のがん学会の際、ランチをしているときに取材対象のYokoさんから「なんでマスコミはHPVのことを放送しないの?」と聞かれ、このとき初めてHPVワクチンをめぐる騒動について知ったそうです。調べているうちに、なんでNHKでアップデートされないの?との思いから、がんになったのはテレビのせいです、というテーマをNHKスペシャルで扱うことを企画提案されました。このとき周囲の反応は言葉は「覚悟はある?」という言葉から始まったそうです。ワクチン被害を訴える方々からのクレームがあったときにどんな風ふうに理論武装するのか。今も裁判が続いていることも頭の片隅におきなさい、とのアドバイスもありました。しかしこのとき、このテーマは絶対やるべきだと言い続けてくれた人がいたそうです。この人がさらに上層部に掛け合ってくれて、企画から44〜55ヶ月後に報道が実現しました。それが2021年3月4日放送のおはよう日本「HPVワクチンはいま」です。報道まで、様々な観点を社内で議論し、自らも英文論文を読み、更に専門家にきいて頑張って勉強されたそうです。報道では、奥様をがんで失ったご主人が、双子のお子さんの髪を編む様子を取り上げました。報道後、本当にたくさんの反響があったそうです。当時のTwitterでは好意的な意見が大半を占めていました。
NHKも、公式見解待ち、世論醸成待ち、といった社内の空気があるそうですが、藤松さんは、「グレーな部分の伝え方についてはまだまだ未熟な点が多い」といいます。それでも、一言一句、上司と相談して、伝え方を模索していて、そういった姿勢は後進にも続いているのだそうです。
おはよう日本の報道の後、潮目も変わりました。しかしながらワクチンについての誤解を植え付けられたお母さんたちは、「ワクチン推進派が怖い」、ということもあるそうです。当事者の不安を取り除くために、検索したらすぐに出てくる情報を作ることも重要と考え、#がんの誤解のNHKページ(https://www.nhk.or.jp/minplus/0119/)ではHPVワクチン関連の記事を14本掲載しており、いつでもどこでも読むことができます。今も、どんな報道をしたらキャッチアップ世代の学生に届くか、を模索されているそうです。

HPVワクチン慎重派と性教育慎重派には共通した価値観がみえることがある

次に、埼玉医科大学の産婦人科医師で、活発な性教育活動をなさっている高橋幸子先生より、HPVワクチンバッシングと性教育バッシングの共通点などについてのお話がありました。高橋幸子先生は、女性医療ネットワークの理事でもあります。

現在行われている、接種を逃した世代の女性達のキャッチアップ接種には、当事者である大学生たちが「もう一回打つチャンスをください」と活動し、署名をあつめ、政治家の方たちに訴えて実現したものです。しかし現在、そのキャッチアップ接種について、対象の方々にほとんど情報が届いていないという現状があります。
ここで、先生方が性に関する大切な情報発信を続けられる中で、HPVワクチン慎重派と性教育慎重派が重なっているように見えることがあるそうです。
日本の性教育には、小学校5年生で受精に至る過程を教えない、などのいわゆる歯止め規定があります。性教育慎重派には寝た子を起こすな、という論調がありますが、その背景には、女性や子どもの性を管理する「家父長制」を重んじる考え方があります。
先般、性暴力に関する刑法が改正され、またLGBT法案が成立しましたが、この議論は国会内で同時期に行われていました。刑法改正の議論では包括的性教育の大切さが訴えられているのに、LGBT法案の議論では包括的性教育は許されないなど訴えられるという、歪んだ事象がありました。包括的性教育は、個々の人権を重んじてジェンダーの平等を目指すものです。それは、女性の性を管理しようという家父長制の考え方とは異なるのかもしれませんが、私たちは、自分のからだについて自分でよく知り自分で決められることが大切だと考えています。HPVワクチンに関しても、自分で選択できるようにすることが大切だと考えています、と語られました。

歴史を踏まえ、これから私達はどう向き合っていくのか

このあと、これまでお話くださった登壇者により「「歴史を踏まえ、どう向き合うのか・・・アカデミアは?メディアは?市民は?」というテーマでのディスカッションがありました。
最後に閉会の挨拶をした女性医療ネットワークの初代理事長である産婦人科医師の対馬ルリ子先生からも、HPVワクチンの接種がすすまないこれまでのことを振り返る中で、低用量ピルの認可が国会でのひとことで10年も遅れてしまったことなどが思い出されたとの感想が語られました。

本シンポジウムをとおして、私達女性医療ネットワークは、ひとりひとりが自分のからだのことを自分で決められる社会を目指して、これからも科学の視点、臨床の視点、当事者の視点、友人の視点、ジェンダーの視点のそれぞれを大切に、活動していきたいとの思いをさらに強くしています。

*18歳未満の方の顔を隠しています

写真:金子修磨、三浦敏明
文章:池田裕美枝